タイトルとか

 部屋を片付けていたんです。私の部屋には押し入れというか、クローゼットというか、物置がありまして、そこの中に服や過去に扱った教材、本、もろもろぶち込んでいるわけですが、その中にひとつ、無印のプラスチック製の小さな引き出しを入れています。その引き出しの中には、家族で旅行に行った時のお土産屋さんで、何か買わないと悔しいので買ったキーホルダーだとか、映画のチケットだとか、小中高美術で作った小物、小学生だか幼稚園だかの時にクラスメイトからもらったと思しき紙製の金メダル、それこそガラクタ同様なのに、なぜか捨てられないいろいろなものを、まぁ乱雑にぶち込んでいます。幼稚園入園時から15年の積み重ねも伊達ではなく、もうそろそろ限界が近くて悲鳴を上げています。

 物を捨てられない人間の基本思考回路は
「またいつか使えるかもしれない」
だとか
「この思い出は、、、」
といったところでしょうが、私は後者がよくあてはまる。前者の思考は買い物好きな家族に生まれたからか、幸いにも豊かな家庭に恵まれたからか、あまり感じたことがありません。しかし、やっぱり、捨てられない。美術で作った作品、何ら機能性のなくてデザインセンスのない財布だとか、銅板をたたいて、そのあとで描いた絵だとか。それを作ったときはなぜか松田聖子に凝っていたからか、一匹の雌鶏にヒヨコが4匹ほど連なった絵と、"We will follow you"の文字。センスがない。。。でも捨てられない。写真に撮っておけば十分なものを、、、

さて、本題に戻ると、このようわからんタイトルです。そもそも自分はいつでも頭が回転していないと気が済まない人間であるようで、徒然なるままに日暮し、画面に向かいて心に映りゆくよしなしごとを、Twitterにぶちまけ、家族友人に話し、時に心にしまっておいたりするのですが、どうにもいかんせん自分は頭がよろしくないようだから、そんなことを考えたり、思ったりしたことは覚えているのですが、その中身を覚えていない。これがとてももどかしく、そしてしばしば残念に思える。そんなことが、その捨てられない押し入れの中のキーホルダーのようで。

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